10. AP&AD 裏方万歳!!
【 西村綾子 STORY 10. 】
このSTORY、しばらく暗い話が続いていますが、それも今日までです。
次回からは上向きます😅
東京に引っ越してしばらく後に、
私は名古屋時代にお世話になった方のご紹介で、
NHKBSの音楽やエンタメの番組を制作している会社に就職しました。
後に、初めて心療内科に駆け込むほどの精神状態になり、
「おかしいと思ったら逃げればいいのに」
「なぜ我慢し続けるの」
などと、ブラックな企業や職場で疲弊した人に対して
よく投げかけられる言葉が、
渦中にいると非常に気づきにくい異常な状態を、
身をもって体験しました。
(この会社の場合はブラックというか特殊過ぎたのですけれど)
そんな会社ではありましたが、
それでも私がお役に立てることの気づきがたくさんあったのです。
この職場での私の仕事は、番組に出ていただきたい
タレントさんの事務所と出演交渉をしたり、
番組収録時には出演者ケアから楽屋準備も行う、
AP(アシスタントプロデューサー) と
AD(アシスタントディレクター)両方の仕事でした。
名古屋では自分が出演者として仕事をしていたので、
番組制作がどのように進められるかはだいたい理解しています。
入社して初めてNHKのスタジオに入り、
出演者のケアをしながらつくづく感じました。
私、裏方が向いているなって。
裏方の仕事自体はとても面白くて、それもあって
異常事態の判断が遅れてしまったのですけれど、
それはそれとしても、
仕事として役割として、また1つ、
私が必要とされることが明確になったことには、
10000歩譲って感謝しています。
この番組制作会社を辞めた後、また別の方のご紹介で、
今度は広告代理店でイベントチームの仕事に就きました。
ここでまた私は、新たな方向へと呼ばれていくことになるのでした。
まだ完全に病む前
これくらいしか当時の写真がありません
【 11 】へ続きます